島航海長に捧ぐ
ヤマト「さらば」から数十年後のお話です。
「切り札」
俺も、もうすぐお前のところへ行く。
俺は年を取り、姿を見ても、お前には俺だと分からないかもしれないが、俺にはお前はすぐに見つけられると思う。だって、お前は懐かしい赤矢印の艦内服を着たあの頃の姿のままだろう?
ある意味肖像画のように古代と雪の姿は心の中に残っていて、きっとお前の傍らには寄り添うように微笑みを浮かべた雪がいる。
(まぁ、島君たらこんなにお爺ちゃんになっちゃって)
(誰だか最初分からなかったよ)
うるさいな、お前たちだって生きていたらこうなるんだよ。若さを失い、体にガタが来る。最初に老いを感じたのは40代半ばの頃で、目をやられた。計器類を読み取ろうにもブレるんだ。生涯操舵士として宇宙の運び屋でいたかったが、俺は普通のサラリーマンよりは早くリタイアさせてもらった。
(どうして結婚しなかったの?島君)
(そうさ。いいぞ、結婚は。どんなに永遠の時間でも飽きることはない)
幸せの絶頂のまま、時計を止めたお前たちには分かるまいよ。女神に導かれて星になったお前たちの地球を救いたいという想いには到底敵わないが、俺だって地球の復興に尽くしてきた。ただ、完成されたお前達の愛のカタチが楔のように心に刺さり、その記憶を一緒に乗り越えられる相手がいなかっただけのことだ。
(宇宙は平和ね)
(ああ。俺たちが宇宙に遍在している限り俺が守りたかったものは生き続ける)
自分の命を犠牲にしたことか?俺はお前を見送ったことだけが、一生償うことのできない贖罪だと思っていたんだ。自分だけが地球で幸福を掴むことなんか考えられもしなかったよ。
(それは違うわ、島君)
(そうだ、その生き方を選んだのはお前自身だ。俺は知っているぞ、地球防衛軍に引き止められても退役を選び宇宙の運び屋になったこと。そんなお前の懸命に働く姿を見て心を寄せてくれた女性がいたことも。俺もお前も宇宙に魅入られた男だ。到底地上で穏やかな暮らしなんかできるはずもない。だから結婚しても彼女を地球にひとりぼっちで待たせることになるぐらいならと、お前はその想いに応えなかった)
だったらお前は死ぬ間際だから雪に結婚しようと口にしたのか?
(うふふっ。そうかもね)
(あながち間違っちゃいないかもしれん。もしも地球に帰れて、人並みに雪と結婚したとしても、俺は多分こいつを地球に残して宇宙に出ただろう。だからこの時間を生きているのは幸いなのかもしれない)
この時間を生きている、か。
お前は俺たちを退艦させる時も、これは死ではなく新しい命に自分の命を換えに行くんだと言っていた。邪悪な暴力に唯一対抗できる力だと。
(誰しもがたったひとつだけ持っている切り札。それが命)
(どこで使おうが、お前のように天寿を全うするのもその人間の自由だろ。誰にも奪われるべきものじゃない)
その天寿をどうやら全うしようとしている俺にも価値はあったということかい?
(あなたはあなたの人生を生き抜いたじゃない)
(宇宙の真理を悟るには時間が短かったかもしれないが、俺はお前がその年になるまで生き抜いてくれたことが、ただ嬉しいのだ)
古代や雪や懐かしい仲間たちとヤマトでイスカンダルへ旅をしていた頃が走馬灯のように脳裏によぎる。俺は力の限り戦った。地球を救ってきた。この切り札を生かすも殺すも自分次第。古代たちを失ってまるで世を捨てたように生きてきた俺にも、ようやく光が差し込んできたのだ。
…(さあ、一緒に参りましょう)
あぁ、懐かしいな。
二人のものとは違うその声は、黄泉の国へ旅立つ俺の傍らに優しく寄り添ってくれた。
おわり
【あとがき】
島航海長の声を演じられた仲村秀生さんが永眠されました。心よりご冥福をお祈りいたします。ヤマトという作品では「さらば」と「2」というふたつの時間軸があって、「2」より先だと島君が先に亡くなり古代君が贖罪を感じ、「さらば」以降だと島君が生き続けることへの贖罪を感じたに違いありません。「さらば」における命とは、邪悪な暴力へ対抗できる唯一の力であり切り札だったと思うのです。古代君はそのカードを切った。そのために地球は救われ、復興していった未来を思い描く時、悲劇ではありましたがじんわりと胸が熱くなるのです。
※「いっせーのせ」企画最後のお題「切り札」をお借りいたしました。